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2009年12月 6日 (日)

アマチュア無線への冷えた情熱

最近アマチュア無線に対する自分の情熱は冷えてしまった。

結局の所、電信、電話、その他のディジタルモード通信にかかわらず意思を通じ合わせる技量・技術・方法論を楽しむのがアマチュア無線の楽しみなのだが、話題を提供し意思を通じ合わせること自体が嫌いなのだと今更ながら気がついた気がする。

 その意味で「コンテスター」になり切ってRSTレポート(信号強度)の交換とコンテスト番号交換だけで交信成立として、交信証を交換し合うと言った運用もあるのだろう。つまりアマチュア無線の「コンテスト」は必ずしも意思を伝えあうことにあまり重きを置かないので、意思を伝え合うこと自体に意味を感じないのであれば「コンテスト」は実に都合が良いのだ。
 しかし、コンテストでは巨大アンテナや強い出力を有するアマチュア無線局が有利なのは当たり前で、貧弱な設備でコンテストに参加しても大して交信実績を上げることもできる訳は無いのだと思える。またそのことを正当化する「参加することに意義がある」と言うような前向きの若さもカネもヒマも自分には既に無い。

自分はなんだか幻想を持っていた気がする。電話(音声)で通信をすることがいわゆるアマチュア無線の活性化を下げる原因なのだと。しかし、欧文の電信で交信をして味わったことのある経験も、和文電信で交信して味わった少しの経験も、電話(音声)で交信した話題の内容と基本的に変わるものではなかったように思う。それゆえ、通信モードの違いがアマチュア無線の活動の違いでは無いのだと今は思える。

法令上アマチュア無線家に許された自作無線機による無線局運用を行っても、「動いて当たり前」「性能はメーカー品には絶対に及ばない」と言った言葉が頭に浮かぶ。「自作で無線機を使って実際に交信してもみないうちにそんなことを言うな」とOM(先輩)諸氏にお叱りを受けそうだ。だが、これまでにある程度の設計・製作を行ってみて分かったのは、ポイントさえ押さえ、前例を踏まえて回路規模を抑えて製作すれば大した測定器無しでも、大きな困難は無さそうだと言うことだ。

自分自身の技術の無さから自分で新たな回路を”発明”して産業界に貢献できる訳でも無く、自作と言って構えて見た所で、単に従来の実装を追従者として部分的にマネして使って、動くこと・実装方法・工作そのものを楽しむと言うことだけでしか無く、そんなことに今、カネとヒマを費やす意義は無いと思える。20数年前、尊敬するアナログ技術者のFさんから「アマチュア無線はクダラナイ」と言う言葉を聞き、その言葉が耳に突き刺さったままで、その言葉の意味が今更ながら分かった感じがする。確かにFさんの言う通りなのだ。アマチュア無線家の本質は既に”メンコ”集めと同じレベルの遊びでしかないのだ。

和文電信で交信するためにスキルを磨いて、電信が上手くなるのはアマチュア無線を今後とも続けている理由になるのだが、伝えるべき電文そのものが見つからない今は、通信を行う理由に何があるのだろうか。平成22年3月21日には現在の無線局免許は法的効力を失うので、再免許を申請するつもりではいるのだが、電波を出すこと、意思を電波に載せて伝えること、半田ゴテを持って物作りをすることに苦痛とも思える違和感を最近何だか感じ、以前とは違う”冷えた情熱”が自分に広がっている。

アマチュア無線そのものを嫌いでは無いのだが、苦痛を感じる点で私は病気なのかもしれない。「アマチュア無線は何が楽しいの?」と言う質問に私は正面から魅力を答えられないのだ。当面そのような病気を治す薬は無さそうな気がする。

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