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2006年9月

2006年9月28日 (木)

ハワイ訪問の思い出

「ニューヨークの終戦パレードで日系二世の若者達の部隊が紙吹雪の中を行進した。その様子は、ひときわ損傷のひどい隊旗を掲げ、他の部隊の人数に比べると大幅に少ない人数の小柄な兵たちの行進だった。その人数の少なさは他の部隊に比べて兵の損失が大幅に多かったことを意味していた。それを沿道から見守る人々の中から「私のぼうや、お帰りなさい。」の声が上がった。その声の主は、胸を張ってここを今行進するはずだった若者の母親だったに違い無く、周囲の人々はそれを聴いて、皆、脱帽して哀悼と敬意を表した.......」

こんな内容だったと思うが、日系二世で構成された第442連隊に関する本を読んだことがある。彼らの受けた差別、苦労、など等、を読んだ後だったので、「アメリカ人に受け入れられて良かったなあ」と言う思いと、伝わってくる母親の悲しみを思い、そのパレードの様子を想像する時に、涙が数分に渡って流れ止まらなかった覚えがある。

そんな記憶もあって、10数年前にハワイ、オアフ島を訪問したついでにパンチボールの丘と呼ばれる公園墓地を案内する小柄な現地の日本人に「あなたは日系二世ですか」と聞いたら、

 「ええそうです」

と答えが返って来た。失礼かもしれないがと思いつつ、「もしや442連隊」の生き残りですかと聞くと、

「いいえ、それは弟たちの部隊で、僕は100大隊でした。」との答えだった。

私は「ええっ」と絶句してしまいました。残念ながら、その方のお名前は聞き漏らしたが、聴き終わって、ずいぶん興奮した覚えがあります。もう年配だったのでご存命ではあるまいと思うが、彼の話によれば「パールハーバーアタック」の当時、

「自分の頭の上を日の丸を付けた飛行機が飛んで爆弾を落とすところを目撃しました。」
とのことだった。

もう少し詳しく話しをお聞きしたかったが残念ながら時間切れで、それ以上の話を聞くことはできなかった。
 その人は冒頭のパレードで行進をした人に違いないと思い、冒頭のパレードの話をしたら、ただニコニコとうなずいていたのが強烈に印象に残っている。ずいぶん小柄な人で日系人アメリカ人としての誇りが感じられ、またものごしから戦前の古き良き日本の伝統をなんとなく漂わせる人物だった。

彼のような苛烈な歴史を生きた、生き残りの証人に出会って話しが出来たことは私の良い思いでになっている。いつかまた、ハワイを訪れる機会があればもう一度パンチボールの丘にいって見たいと思う。

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2006年9月24日 (日)

サンマ、秋刀魚、あきがたな

 サンマが美味しい季節ですね。私自身が子供のころ過ごした宮崎県北ではサンマが食卓に上った記憶がありません。魚と言えば鯵、鰯、鯖のことでした。サンマはやはり九州人の食物ではなかった時代が長かったのだろうと思います。最近では九州のスーパーマーケットでも1尾100円のさんまが珍しくないですが、少なくとも30年くらい前にはそんな風景は無かったように思います。
 時代の変化あるいは大量に取れる魚種が変わってしまって、鰯が取れなくなり値段だけは高級魚並みになっていると聞きます。残念です。はやく鰯が沢山取れるようになって欲しいものです。

 サンマは昭和天皇も召し上がったと聞いたことがあります。ただサンマとはお呼びにならず「あきがたな」と呼ばれていたようです。雅ですね。昭和天皇が秋刀魚を召し上がったと聞いたときは、なんだか妙な親近感を感じ、あたりまえのことながら昭和天皇も日本人であったと得心しました。

今上陛下も、今の時期「あきがたな」をお召し上がりなのでしょうか。

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2006年9月23日 (土)

さつま芋、唐芋、satuma

先日、近所の埼玉市内の八百屋を通り掛かったら、「さつま芋」に「さつま」と表記がありました。九州人としては、その表記には随分と抵抗がありした。(笑)

 考えてみれば、いわゆる標準語(この場合「関東語」とでも言うべきか)で言う「さつま芋」は「薩摩から来た芋」のことであって、それが関東に定着したからなのでしょう。同じ発音の「satsuma」は薩摩から北米へ輸出したことがあったことから「みかん」を指す言葉として手元のLongman英英辞典にも「a fruit that looks like a small orange ,and has no seeds」とあり、小さなオレンジに似て種が無いフルーツといった表現になっています。意外と言えば意外ですね。「所変われば品変わる」と言う慣用句が実にピッタリ当てはまる単語ですね。

 宮崎県北で子供のころすごした私の場合、いわゆる「さつま芋」をその名前で呼んだことは一度もありません。「といも(唐芋)」と呼んでいました。いわゆる唐(から)から来たイモと言う表現であったのでしょう。当然のことながら薩摩人自身も「さつま芋」と呼ぶはずは無いでしょうが、何と呼ぶのか調べたことはありません。おそらく「といも」あるいは「カライモ」と呼ぶのでしょう。似たような例としては「さつま揚げ」があります。関東では当然のごとく「さつま揚げ」で通りますが、地元の鹿児島では、「つけ揚げ」と呼ぶ様に聞いたことがあります。まあ、味の付いた揚げ物といった名前の由来なのでしょう。私が子供のころは、「あげみ(揚げ身)」と呼んでいましたが、これも関東で最初に聞いた時はずいぶん違和感がありました。

 ところで、埼玉の川越と言う所では「さつま芋」の生産が盛んです。そのためでしょうが、さいたま市大宮の氷川神社裏手に「青木昆陽先生 顕彰碑」があります。さつま芋の栽培技術を江戸時代に広めた青木昆陽と言う人に感謝をささげるため作られた石碑です。関東の農家にとって青木昆陽と言う人物は「さつま芋」とともにあり感謝された人物なんですね。

名前には歴史があるものなのですね。

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2006年9月20日 (水)

関東の醤油の味に慣れました。

先日、実家に帰って飯を食う機会がありました。その時、濃い口醤油を使って甘すぎるのにビックリしました。昔使って、味を知っていた醤油のはずなのに甘すぎるのです。
 多分、関東味の濃い口醤油に慣れてしまったのでしょう。甘いのは「甘草」「ステビア」などの甘味料が使われているからでしたが、関東の普通の濃い口醤油にはそんなものは入っていません。甘すぎて気持ち悪いとすら感じるようになりました。
 総じて九州、特に南九州の食い物は甘い味付けが好まれるようですね。宮崎市内で買った納豆パックのオマケのタレは砂糖が入っていました。これは関東ではあり得ない話であって、甘いタレの納豆なんて気持ち悪いとすら今になっては感じます。九州は関東と違い日差しが強いから、体力の消耗が激しいので甘い味で体力回復を図ると言った習慣からそんな味が好まれるのでしょう。そういえば、テレビで見ましたが、ベトナムなど南の国ではペットボトル入りの緑茶にも砂糖で味が付けられているそうです。これも、暑くて体力が消耗する国らしい飲み物でしょうね。でもさすがに九州であっても緑茶に砂糖を入れる習慣は聞いたことがありません。(笑)甘い味は万人に好かれる味だけれど、醤油に甘味料が混じっているのは、最近許せなくなりました。(笑)
   実家の集落近辺では、昔から何かにつけて上白糖、ざらめ糖を贈答し合う習慣があったのを覚えています。例えば盆の贈答や返礼などなど、と言った具合で、床の間には砂糖の入った箱が20Kg~30Kgもの山になっていたのを思い出します。これは砂糖が比較的高価で、もらって喜ばれ、かつ消費量が多かったからなのだと思います。多分、こんな砂糖を贈り合う習慣なんて関東には無いのではあるまいかと思います。この砂糖の贈答の話を福島県人に話したら興味深そうに聞いてもらえました。きっとそんな習慣がある地域は珍しいのではないかと想像します。

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2006年9月11日 (月)

「凄い」って気軽に使いすぎだね。

 普段、自分でも無意識に 「凄い」~ と言う会話をしていてなんだか中身の無い会話してるなあと反省してます。世の中にそんなに「凄い」ことがある筈は無いのに無駄に「凄い」を使いすぎのように思います。「とても」とか「たいへん」とかもう少し美しい日本語が使えないものかと思います。若い娘が馬鹿笑いしながら、「それ凄い、凄い」なんて大声で話しているのを聞くと、それ以外の表現知らんのかなあと思います。

凄いは相当な強さや大きさ、程度がはなはだしい様子、ぞっとする様子などを表現するための言葉だったはずなのに、まったく大したことも無いのに「スゴイ」を使い過ぎと思います。

 明日から反省して、できるだけ「スゴイ」を使わず、「とても」「たいへんに」等を使うようにしてみませんか?

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